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 1800年(江戸時代後期)頃、井上伝という少女によって発明されました。

 ある日、
は衣服が何度か水をくぐって色あせたところに、白い斑点がついているのに気付きました。粗けずりな美しさを持ったその斑点に魅せられたは、急いで、その衣服を解きはなし、糸の白黒にならって白糸でくくりました。

そして、これを
藍汁に染めて乾かし、そのくくり糸をといて機にのせてみると、白い斑点が数百点布面に現われ、不思議な魅力を持った新しい織物が仕上がったのです。この織物は所々かすれたように見えることから「加寿利」と名付けられました。これが、久留米絣のはじまりです。


 経糸は経尺をあてて、くくる部分に墨をつけ、粗寧でくくります。経糸は絵糸と一緒に整えているので、絵糸の印の部分を経糸とおなじようにしてくくります。微妙な手際が仕上がりに影響を及ぼすので、大変な熟練を要します。


 藍瓶は8?12本並んでいて、染めるときは濃度の低い下藍から中藍、上藍へと順次連続して染めています。
 染めた糸かせは、そのつどよく絞り、たたきます。これは”くびりきわ”がよく染まるよう糸をふくらませ、空気に触れさせることで、藍の酸化を助ける目的があります。


 投杼機を使います。杼で緯糸を通して、経糸の柄模様に緯糸を合わせ、筬をトントン打ち込みます。綜絖の高さ、足の踏み加減、筬の打ち具合によって製品の良し悪しが決まるため、手織りの技術は相当の経験を必要とします。







「着る人のことを考えて
 わくわくしながら、つくっています」

 山下織物
(福岡県八女郡広川町)
 社長 山下喜未輔さん、百合子夫人

 伝統的な久留米絣を織り続けている山下喜未輔さんは、今年で百十三年目という歴史ある機屋さんの三代目です。久留米絣の中でも模様が細かい「小がすり(文人)」という織り方は、この機屋さん以外ではほとんど作られなくなってしまいました。
 
 『織り締め』というのは、白い糸を織ってから藍で染めて、織ったものをほどきます。糸同士が重なったところは藍が入らずに白く抜けるので、その白いところ同士をもう一度合わせて織ることで柄になります。「昔は絣のことを『飛白』とも書いたんだよ」と山下さんは教えてくださいました。 なるほど!読んで字の如くです。

初代がもらったという栄誉ある企業記念。